細胞外小胞(extracellular vesicles:EVs)は、細胞が放出する微小な膜構造を持つ粒子で、近年注目を集めています。その大きさ、起源、内容物、機能など、多種多様であり、生物学的な性質は非常に複雑です。以下に、細胞外小胞の生物学的性質についての概要を述べます。
細胞外小胞は、その大きさや起源によって、エクソソーム、マイクロビシクルス、アポトーシスボディなどに分類されます。エクソソームは細胞内のエンドソームと呼ばれる構造体から生成され、大きさはおおよそ30〜150nmです。一方、マイクロビシクルスは細胞膜から直接切り離される形で生成され、その大きさは100〜1000nmとエクソソームよりも大きいことが特徴です。アポトーシスボディは細胞がプログラム化された死(アポトーシス)を遂げる際に放出され、その大きさは1〜5µmとさらに大きいです。
これらの細胞外小胞は、細胞間のコミュニケーションの手段として機能します。細胞外小胞は、タンパク質、脂質、RNA(mRNA、miRNAなど)、DNAなど、様々な分子を運ぶことができます。これらの分子は、小胞がターゲットとする細胞に送り届けられ、そこで機能を発揮します。例えば、小胞に含まれるmiRNAは、ターゲット細胞の遺伝子発現を制御することができます。
また、細胞外小胞は、健康な細胞だけでなく、病気の細胞(例えば、がん細胞やウイルス感染細胞)からも放出されます。これらの小胞は、病状の診断や予後の判断、さらには新たな治療法の開発のヒントを与えてくれる可能性があります。
細胞外小胞は、細胞が自身の一部を包み込み他の細胞に送るための「小包」のようなものであり、生物学的な情報を運ぶ役割を果たしています。これらの小胞は、その由来となる細胞のタイプや状態を反映したRNA、タンパク質、脂質など多様な生物分子を含んでいます。
病状の診断:細胞外小胞はその生産源となる細胞の状態を反映します。例えば、がん細胞は正常細胞と異なる特性を持つ細胞外小胞を放出します。これらの特性を分析することで、がんの存在や種類、進行度などを判断することが可能になると考えられています。また、血液や尿などの体液中に存在する細胞外小胞を分析することで、侵襲的でない診断法(リキッドバイオプシー)の開発が進められています。
細胞外小胞を用いた病状診断の具体的な例として、がんの早期発見や種類の特定があります。
例えば、肺がんでは、肺がん細胞由来のエクソソーム(一種の細胞外小胞)が血液中に存在することが知られています。これらのエクソソームは肺がん細胞特有のRNAやタンパク質を含むため、これらを検出することで肺がんの診断が可能となります。
具体的な文献としては以下のものがあります:
- Sandfeld-Paulsen, B., Aggerholm-Pedersen, N., Baek, R., Jakobsen, K. R., Meldgaard, P., Folkersen, B. H., … & Sorensen, B. S. (2016). Exosomal proteins as prognostic biomarkers in non-small cell lung cancer. Molecular oncology, 10(10), 1595-1602.
- また、前立腺がんの診断においても、前立腺がん細胞由来のエクソソームを用いた診断法の研究が進んでいます。前立腺特異的抗原(PSA)などの既知のマーカーと組み合わせることで、より正確な診断が期待されています。
具体的な文献としては以下のものがあります:
予後の判断:病気の進行や治療の効果を評価するためにも細胞外小胞は有用です。例えば、がん治療の効果を判断するためには、通常、画像診断や組織検査が必要ですが、これらは時と労力を必要とします。しかし、細胞外小胞の分析により、短期間で、かつ繰り返し評価が可能になると期待されています。
細胞外小胞が予後の判断に用いられる具体的な例として、がんの予後判断が挙げられます。
乳がん:エクソソームに含まれるmicroRNA (miRNA) のパターンが、乳がんの予後を予測する有力なバイオマーカーであることが示されています。一部のmiRNAは乳がんの進行と密接に関連していることが分かっており、これらのmiRNAを検出することで、乳がんの予後を予測することが可能となります。
具体的な文献としては以下のものがあります:
肺がん:肺がん患者の血液中に存在するエクソソームの量が、肺がんの予後と関連していることが報告されています。特に、血液中のエクソソーム量が多い患者は、予後が悪い傾向にあるとされています。
具体的な文献としては以下のものがあります:
新たな治療法の開発:細胞外小胞は自身の情報を運ぶだけでなく、その情報を受け取った細胞の働きを変える能力を持っています。これを利用して、特定の細胞や組織に向けて薬物や遺伝子を運ぶ「生物学的な運搬システム」の開発が進められています。また、免疫応答を調節する細胞外小胞を利用した新たな免疫療法の開発も期待されています。
例えば、MSCエクソソームを用いた脊髄損傷に対する治療ですよね。
以上のように、細胞外小胞はその多様な性質と機能により、病状の診断、予後の判断、新たな治療法の開発のヒントを提供してくれる可能性を持っています。
しかし、細胞外小胞の研究はまだ始まったばかりで、多くのことが明らかにされていません。細胞外小胞の正確な生成機構、細胞間での情報伝達の仕組み、小胞内に含まれる分子の種類とその選択機構、そして細胞外小胞が体内でどのように分布し、どのように機能するのか、など、解明が待たれる問題はまだ多く存在します。
細胞外小胞の研究は、生命科学だけでなく、診断学や医療分野にも大きな影響を与えると期待されています。例えば、がん細胞から放出される細胞外小胞は、がんの進行や転移に重要な役割を果たすことが知られています。がん細胞が放出する細胞外小胞の特性を理解することで、がんの早期発見や転移の予防、新たな治療法の開発につながる可能性があります。また、細胞外小胞を「運搬車」として利用し、薬物を特定の組織や細胞に運ぶ新たな治療法の開発も進められています。
一方、細胞外小胞の研究は多くの困難に直面しています。細胞外小胞の単離と精製は、その小さな大きさと複雑な生物学的性質のため、一般的な生物学的手法では難易度が高いです。また、細胞外小胞は細胞タイプや状態によってその特性が大きく変わるため、研究結果を一般化することも難しいです。
しかしながら、細胞外小胞の研究はその困難さにもかかわらず、急速に進展しています。新たな単離・精製手法の開発、小胞の内容物や起源細胞を特定する新たな技術の開発、さらには細胞外小胞自体の機能を利用した新たな医療技術の開発など、この分野は新たな発見と技術革新に溢れています。
細胞外小胞は、私たちの理解する「細胞間コミュニケーション」の概念を根本から変える可能性を持っています。細胞が自分自身の一部を他の細胞に送り、情報を伝えるというこの新たな視点は、生命科学のみならず、医学、薬学、さらには工学や情報科学など、多くの分野で新たな可能性を開くでしょう。
参考論文
- Yáñez-Mó, M., Siljander, P. R. M., Andreu, Z., Zavec, A. B., Borràs, F. E., Buzas, E. I., … & De Wever, O. (2015). Biological properties of extracellular vesicles and their physiological functions. Journal of extracellular vesicles, 4(1), 27066.
- Théry, C., Witwer, K. W., Aikawa, E., Alcaraz, M. J., Anderson, J. D., Andriantsitohaina, R., … & Buzas, E. I. (2018). Minimal information for studies of extracellular vesicles 2018 (MISEV2018): a position statement of the International Society for Extracellular Vesicles and update of the MISEV2014 guidelines. Journal of extracellular vesicles, 7(1), 1535750.
- Kalluri, R., & LeBleu, V. S. (2020). The biology, function, and biomedical applications of exosomes. Science, 367(6478), eaau6977.