細胞外小胞(EVs)を治療手段として利用するさいに、考えなくてはいけないのが、免疫拒絶の問題です。細胞移植の際に、必ず問題になるのが、免疫拒絶であり、他家移植(他人の細胞を移植すること)の場合は、移植された細胞は、移植を受けた人の免疫細胞によって攻撃され、体内で生着することは難しいと言われています。他家幹細胞移植で、免疫抑制剤を使わなければ行けない理由がここにあります。
幹細胞から抽出された細胞外小胞(エクソソーム)は、この免疫拒絶の問題を解決し、他家移植、投与も可能であることが、示唆されています。しかし、免疫細胞が攻撃するか、攻撃しないかを判断する標識となるMajor Histocompatibility Complex(MHC 主要組織適合性遺伝子複合体)、をエクソソームも発現していると言われています。それでは、なぜエクソソームは、免疫細胞の攻撃を回避することができるのでしょうか。
今回は、Major Histocompatibility Complex(MHC)について、Mesenchymal Stem Cells(MSC)、そしてエクソソームとの絡めながら、説明していきます。
MHCの定義と役割
Major Histocompatibility Complex(MHC 主要組織適合性遺伝子複合体)は、免疫系が外来物質を認識するために細胞表面タンパク質をコードする一連の遺伝子です。しかし、MHCがなぜ重要なのでしょうか?
免疫応答におけるMHCの重要性
MHCの役割は、免疫応答において空港のセキュリティチェックのようなものです。MHCタンパク質は「乗客」となる抗原をT細胞に提示し、有害な物質を素早く取り扱う役割を果たします。
MHCは細胞表面に存在する特殊なタンパク質で、自己と非自己を識別する重要な役割を果たしています。MHCの主な仕事は、細胞内の異物(例えば、ウイルスや細菌などの病原体の一部)を把握し、それを細胞の表面に提示することです。このプロセスは、免疫システムの他の要素、特にT細胞が攻撃を始めるための「情報」を提供します。
MHCには主に二つのタイプがあります。
MHCクラスIはすべての核を持つ細胞(つまり、ほとんどの体細胞)に存在し、主にウイルスに感染した細胞やがん細胞を識別します。これらの細胞は通常、異常なタンパク質を生産します。MHCクラスIはこれらの異常なタンパク質をT細胞に提示します。
MHC(主要組織適合性複合体)クラスI分子を認識する細胞は主に以下の2種類です:
- CD8+ T細胞:これらの細胞はMHCクラスI分子によって提示される抗原を認識します。CD8+ T細胞は、ウイルスに感染した細胞やがん細胞など、異常な細胞を直接攻撃します。MHCクラスI分子に結合した抗原は、T細胞受容体(TCR)を介してCD8+ T細胞に認識され、その結果、CD8+ T細胞は活性化され、攻撃対象の細胞を殺す能力を得ます。
- 自然免疫リンパ球(NK細胞):NK細胞もまた、細胞の表面に存在するMHCクラスI分子を認識します。しかし、NK細胞はMHCクラスI分子の存在を「自己」の証として認識し、それが存在するときは通常、攻撃を行いません。しかし、ウイルス感染やがんなどの状態で細胞がMHCクラスI分子を表現しないとき、NK細胞はこれを異常と捉え、その細胞を攻撃します。
したがって、CD8+ T細胞とNK細胞はMHCクラスI分子を認識しますが、その認識の方法と結果には違いがあります。
一方、MHCクラスIIは主に免疫システムの一部である特定の細胞(抗原提示細胞と呼ばれる)に存在します。これらの細胞は、体内に侵入した異物を捕捉し、分解し、MHCクラスIIに結合して細胞表面に運びます。これらは主にヘルパーT細胞に対して抗原を提示し、これにより免疫応答が開始されます。
したがって、MHCは細胞の「フラッグシップ」であり、それらが健康であるか、病原体に感染しているか、または他の異常を示しているかを示します。これにより、免疫システムはどの細胞を攻撃し、どの細胞を無視するかを決定できます。つまり、MHCは免疫応答を制御し、体を守るために絶対に重要な要素となります。
MSCの理解と特性
次に、多機能な幹細胞であるMSCについて詳しく見ていきましょう。
MSCの起源と機能
MSCは多くの組織の間質細胞から発生し、さまざまな細胞型に分化する能力を持ち、再生医学の分野で重要な役割を果たしています。しかし、彼らを特異的なものとするのは何でしょうか?詳しくはここで説明しています。
MSCの免疫調節特性
間葉系幹細胞(MSCs: Mesenchymal Stem Cells)は、彼らの幅広い分化能力だけでなく、強力な免疫調節特性でも知られています。MSCsはさまざまな免疫細胞に作用し、それらの機能を調節することで、免疫応答を制御します。MSCsの免疫調節能力は、炎症反応の抑制や組織修復に対する役割、そして自己免疫疾患や移植片対宿主病(GvHD)の治療への応用など、医療分野で非常に重要です。
以下に、MSCsが免疫応答を調節するメカニズムの幾つかを示します。
- T細胞の抑制: MSCsは、T細胞の増殖と機能を抑制することができます。これは主に、一酸化窒素(NO)やプロスタグランジンE2(PGE2)、トランスフォーミング・グロース・ファクターβ(TGF-β)、インターロイキン10(IL-10)、そしてヒトレポンスリン(HLAG5)などの分子を分泌することによって達成されます。
- B細胞の抑制: MSCsはB細胞の増殖、分化、抗体産生を抑制することが報告されています。このプロセスもまた、PGE2、TGF-β、そしてIL-10の分泌に依存しています。
- 自然キラー(NK)細胞の抑制: MSCsはNK細胞の細胞毒性と増殖を抑制します。これは主にインターロイキン2(IL-2)とインターロイキン15(IL-15)の効果を抑制することによって達成され、PGE2、TGF-β、そしてインターロイキン6(IL-6)の分泌も関与します。
- 抗原提示細胞(APCs)の抑制: MSCsは樹状細胞(一種のAPC)の成熟と機能を抑制します。これは、MHCクラスIIや共刺激分子(CD80、CD86など)の発現を抑制することにより、T細胞に対する抗原提示能力を低下させます。
これらのメカニズムを通じて、MSCsは免疫応答を制御し、適切なバランスを維持するのに重要な役割を果たします。そのため、MSCsは免疫調節療法や再生医療の分野での治療戦略において重要な細胞となっています。
免疫系細胞はどのようにして粒子や細胞全体(例えば、バクテリアやウイルス)を認識しているか?
疫系が細胞全体や粒子(例えば、バクテリアやウイルス)を認識し攻撃するメカニズムは、主に以下のようなプロセスに基づいています:
- パターン認識受容体(Pattern Recognition Receptors、PRRs)による認識:免疫系の細胞は、パターン認識受容体と呼ばれる特定のタイプの受容体を使用して、異物や病原体に固有の構造(パターン)を認識します。これらのパターンはパターン関連分子パターン(Pathogen-Associated Molecular Patterns、PAMPs)またはダメージ関連分子パターン(Damage-Associated Molecular Patterns、DAMPs)として知られています。
- 食作用(Phagocytosis):一部の免疫細胞(例えば、マクロファージや中性球)は、バクテリアなどの病原体全体を取り込む能力を持っています。これらの細胞は病原体を細胞内に取り込み、リソソームと呼ばれる細胞内小胞によって分解し、最終的に破壊します。
- 抗原提示:食作用を行った細胞は、分解した病原体の一部(抗原)をMHC分子に結合させ、細胞表面に展示します。これを認識したT細胞は、その抗原に反応して免疫応答を引き起こします。
- 自然免疫リンパ球(Natural Killer Cells、NK細胞)の役割:NK細胞は自己の細胞と非自己の細胞を区別する能力があります。特定のリガンドが認識されたときやMHCクラスI分子の欠如が認識されたとき、NK細胞はその細胞を攻撃します。
以上のように、免疫系は多くの異なるメカニズムを通じて、ウイルス、バクテリア、パラサイト、および他の病原体を認識し、攻撃します。これらのメカニズムは免疫応答の初期段階(自然免疫応答)と後期段階(獲得免疫応答)の両方で働きます。
エクソソーム:重要な役割を果たす微小な粒子
エクソソームは、細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たす微小な小胞です。詳しくはここで。
細胞間コミュニケーションにおけるエクソソーム
これらのナノサイズの小胞は、細胞から別の細胞へタンパク質、リピッド、核酸を運び、様々な生理学的および病理学的プロセスに影響を与えます。まるで細胞間のテキストメッセージのような存在です。
MSC由来エクソソーム上のMHC発現
MHC class1
MSC(Mesenchymal Stem Cells、間葉系幹細胞)由来のエクソソームは、元となる細胞のプロテイン、RNA、DNA等の情報を載せて他の細胞に運ぶ能力があります。そのため、MSCの発現しているMHCクラスI分子もエクソソームに含まれる可能性があります。
ただし、MSC自体は免疫抑制的な性質を持ち、MHCクラスI分子の発現は比較的低めであることが知られています。したがって、MSC由来のエクソソーム内のMHCクラスIのレベルも限られている可能性があります。
また、エクソソームに含まれる成分は、細胞の状態や培養条件により大きく変わることもあります。そのため、MSC由来のエクソソームが常にMHCクラスIを含むわけではない可能性もあります。
MHC class2
MSCにはMHCクラスII分子をほとんど発現しないため、MSC由来のエクソソームも同様にMHC分子の発現が限られている可能性があります。これにより、エクソソームは免疫系から「見えにくく」なるかもしれません。ただし、MSCのMHC発現はその環境により変化することが知られています。特に、炎症条件下や特定のサイトカイン(例えば、インターフェロン-γ)の存在下では、MSCはMHCクラスIおよびクラスII分子の発現を増強することが報告されています。このような状況下でのMHC発現の増強は、MSCの免疫調節機能に影響を及ぼす可能性があります。
MSCエクソソーム自身が免疫拒絶されるのか?
前述したとおり、MHC class 1を認識する細胞は、主にCD8T細胞とNK細胞でした。それでは、CD8T細胞とNK細胞は、非自己のMSCエクソソームを攻撃できるのでしょうか?
CD8T細胞、NK細胞を活性化する可能性はあるけど、、
CD8+ T細胞とNK細胞は、主に細胞自体に対する免疫反応に関与します。これらの細胞は、異常な細胞を攻撃する能力を持つ一方で、エクソソームといった小さな粒子を直接攻撃する能力は基本的にはありません。
エクソソームは、細胞から分泌される非常に小さなベシクル(直径約30-150nm)で、複数の生物学的物質(たとえば、タンパク質、リポプロテイン、RNA、DNAなど)を運ぶ役割を持っています。その大きさと構造的な特性から、エクソソームは免疫系によって「細胞」として認識されにくいと考えられています。
ただし、エクソソームの表面にはさまざまなタンパク質や抗原が存在することから、それらが免疫応答を引き起こす可能性があります。特に、エクソソームが非自己の抗原を含む場合や異常な細胞から分泌される場合には、これらの抗原が抗原提示細胞(APC)によって認識され、結果的にT細胞の活性化を引き起こす可能性があります。したがって、エクソソームが間接的にCD8+ T細胞の反応を誘導することは可能ですが、直接的な「攻撃」は行われません。
同様に、NK細胞はエクソソームを直接攻撃することはありません。NK細胞は主に細胞を認識し攻撃する役割を果たしており、その活動は主に細胞表面のMHCクラスI分子の有無によって調節されます。しかし、エクソソームがNK細胞の活性化に間接的に関与する可能性については、まだ完全に理解されていません。
Costimulatory molecules の発現も低い
コストイミュラトリーモレキュラー(Costimulatory molecules)は、T細胞の活性化を促進するために必要なセカンドシグナルを提供する一連の分子を指します。これらの分子は抗原提示細胞(APC)上に存在し、T細胞受容体(TCR)による抗原認識(ファーストシグナル)だけでは不十分な場合に、T細胞の活性化を補助します。具体的なコストイミュラトリーモレキュラーには以下のようなものがあります:
- CD28:T細胞上に存在するCD28は、APC上のB7分子ファミリー(CD80またはCD86)と相互作用します。これは典型的なコストイミュラトリー相互作用で、T細胞の活性化と増殖を促進します。
- CD40L(CD154):T細胞上のCD40Lは、APC上のCD40と相互作用し、T細胞の活性化を補助します。CD40-CD40Lの相互作用は、特にヘルパーT細胞(CD4+ T細胞)とB細胞間で重要です。
- ICOS(インデューシブルコストイミュレーター):ICOSはCD28ファミリーに属するT細胞上の分子で、APC上のICOSLと結合します。ICOSのシグナルは、特にフォリキュラーヘルパーT細胞の機能に重要です。
これらはただの一例で、他にも多くのコストイミュラトリーモレキュラーが存在します。また、それぞれのモレキュラーは特定の免疫応答や細胞種に特化した役割を果たします。
しかし、間葉系幹細胞(Mesenchymal Stem Cells、MSC)のCD28、CD154(CD40L)、ICOSの発現については、通常は非常に低いまたは非存在と考えられています。
一般的に、これらの分子は主にT細胞や抗原提示細胞(APC)上に発現しており、免疫応答の制御に重要な役割を果たします。例えば、CD28とCD154(CD40L)は主にT細胞上で見られ、ICOSは活性化されたT細胞に特に見られます。
したがって、これらの分子がMSC上に発現しているとは通常考えられません。それは、MSCが免疫系との相互作用の中で独自の役割を果たし、その一部として、特定の細胞表面分子の発現パターンを持つからです。
MHC が免疫拒絶を起こすメカニズムは?
MHC(主要組織適合性複合体)分子が免疫拒絶反応を引き起こすメカニズムは以下の通りです。
- MHCクラスIとクラスII分子は、自身が存在する細胞の状態を体の免疫系に伝える役割を持っています。具体的には、細胞内で生成されたペプチドを捉え、自身の表面に展示することで、T細胞などの免疫細胞にその情報を伝えます。
- 通常、自己のMHC分子に結合したペプチドは、自己の免疫系によって認識されず攻撃を受けません。しかし、移植の場合、ドナーとレシピエント(受け取り手)の間でMHC分子の型が一致しない場合、ドナーのMHC分子はレシピエントの体内で「非自己」として認識されます。
- レシピエントの免疫系はドナー由来の「非自己」のMHC分子を異物と見なし、これに対する免疫応答(T細胞による攻撃)を開始します。これが移植片対宿主病(Graft-versus-Host Disease、GvHD)や移植片拒絶反応の基本的なメカニズムとなります。
- この反応を防ぐため、移植前にドナーとレシピエントの間でMHC分子の型の適合性を評価します。この評価が高いほど、移植片拒絶反応のリスクは低減されると考えられています。
したがって、MHC分子の適合性は移植成功の重要な要素となります。しかし、免疫抑制薬を用いて体の免疫反応を制御することで、MHC分子の適合性が完全でない場合でも移植が可能となる場合があります。
これらの知見は、免疫学、エクソソーム生物学、およびMSCの治療的応用の研究に新たな展望を開いています。
結論
MSC由来エクソソーム上のMHC発現と自己免疫拒絶反応の関係を理解することは、MSCとエクソソームの治療的な可能性を活用する上で重要です。これらの要素の複雑な相互作用は、まるでバレエの複雑なステップのように研究者を魅了し、将来の刺激的な飛躍を約束しています。
よくある質問
1. MHCとは何ですか? MHCは、免疫系が外来物質を認識するために細胞表面タンパク質をコードする一連の遺伝子です。
2. MSCの特異的な特性は何ですか? MSCは、多くの組織の間質細胞から発生し、さまざまな細胞型に分化する能力を持つ幹細胞です。また、免疫応答を調節する特性も持っています。
3. エクソソームは細胞間コミュニケーションにどのように参加しますか? エクソソームは、細胞から別の細胞へタンパク質、リピッド、核酸を運び、細胞間の情報伝達に重要な役割を果たします。
4. MSC由来エクソソーム上のMHC発現は、免疫拒絶反応にどのような影響を与えますか? MSC由来エクソソーム上のMHC発現は、免疫細胞との相互作用に影響を与え、免疫拒絶反応を引き起こす可能性があります。
5. これらの相互作用の意義は、将来の研究と治療にどのような影響を与える可能性がありますか? これらの相互作用の理解は、免疫学、エクソソーム生物学、およびMSCの治療的応用の研究に新たな展望を開く可能性があります。
参考論文
- Phinney, D. G., & Pittenger, M. F. (2017). Concise Review: MSC‐Derived Exosomes for Cell‐Free Therapy. Stem Cells, 35(4), 851-858.
- この論文はMSC由来のエクソソームの細胞外治療に焦点を当てています。エクソソームの免疫調節能力とMSC由来のエクソームが免疫応答にどのように影響を与えるかについても言及しています。
- Del Fattore, A., Luciano, R., Pascucci, L., Goffredo, B. M., Giorda, E., Scapaticci, M., … & Muraca, M. (2015). Immunoregulatory Effects of Mesenchymal Stem Cell-Derived Extracellular Vesicles on T Lymphocytes. Cell Transplantation, 24(12), 2615-2627.
- この論文は、MSC由来のエクソソームがTリンパ球に対する免疫調節効果について詳しく解説しています。
- Di Trapani, M., Bassi, G., Midolo, M., Gatti, A., Kamga, P. T., Cassaro, A., … & Adamo, A. (2016). Differential and transferable modulatory effects of mesenchymal stromal cell-derived extracellular vesicles on T, B and NK cell functions. Scientific Reports, 6, 24120.
- この論文は、MSCからのエクソソームがT細胞、B細胞、NK細胞の機能にどのように影響を与えるかについて詳しく調査しています。
これらの論文はそれぞれ違った角度からMSC由来のエクソソームと免疫細胞との関係を研究しており、MSC-エクソソームが免疫細胞に攻撃されるかどうかについての理解を深めるのに有用でしょう。しかし、その答えは現在の科学的知識や理解によると、MSC由来のエクソソームは主に免疫調節の効果を持ち、免疫細胞による攻撃を受けにくいと考えられています。